ジョイントパネルディスカッション
『ブラック・スワンとどう向き合うか?』
~金融危機後のリスク管理~
に参加してきました。
個人的に気になった点。(括弧内は私自身の注)
背景
- 金融工学により、一つのリスク資産を元にして、ハイリスク・ハイリターンな証券からローリスク・ローリターンな証券まで様々な金融商品を作ることが出来るようになった。
商品のバリエーションが増えれば需要も増える。
(元となったリスク資産を見て「もう少しリスクが高くてもいいから、もっとリターンが高い金融商品が欲しい」という人の希望に合わせることが出来ます) - 流動化が進み、マーケットが拡大した。
(決して一部の扇動的な解説本(not 解説書)にあるような「金融工学によってリスクが霧散して無くなった」と偽ったから売れたわけではありません) - 信用創造が進んだ
- リスクテイクが増大した
金融工学の(使われ方としての)問題点
- 主観を客観的に見せかけることが出来る。
-
例:主観的に弾いたオプション価格からブラックショールズモデルでインプライドボラティリティを計算しておいて、「現在ボラティリティがこれくらいだから、このオプションの現在の価格なら売り(とか買い)」のように、いかにも客観的根拠があるかのように言える。
(去年の卒論でも、ブラックショールズ式を一通り勉強して、さあ計算してみようという段階になって、さてボラティリティとして何を使いましょう?と迷ったことがあります。特に去年10月から株価の変動が大きくなっているので、ヒストリカルボラティリティを計算するために、どれくらい前から現在までのデータを使うかによって、算出されるボラティリティが全然違いました。
「とりあえず250営業日(約1年)が使われるそうだから、それで計算してみたら」とは言ったものの、明日になれば「直近250営業日」の範囲から、変動の小さかった1年前のデータが一日分消えて変動の大きな最近のデータが入るので、今日明日何も無くてもヒストリカルボラティリティは上がることになります。まるで個人向けの株価チャート解説「あと何日の間に株価がxx円を超えられないと25日移動平均線がxx円まで下がってきて株価の頭を抑えて云々」のように、数日後の指標の推移が今現在までの数値だけでほぼ決まっていることを連想しました)
VaRの歴史と(使われ方としての)問題点
- 元々、現在のポジションのリスクを、大雑把で良いから数量的に把握するために使われ始めた。
- 現在のような厳密なリスク評価のために開発されたのではない。
(理論の一つの応用としてVaRの推定を考えたことがあります。
確かに1%VaR以上の損失が発生した頻度は1000営業日中10日で抑えられたのですが、その10日の損の中には1%VaRの2倍以上の損もあって、果たしてこれでリスク管理と言えるのだろうかと疑問に思ったことがあります) - 役員には基本的な正規分布ですら説明できないので「この方法での損失は、過去これくらいでした」というヒストリカルな説明しか出来ない(こともある?)
- VaRはヒストリカルデータに基づいて計算する。
つまりバックミラーを見ながら運転するようなものであって、前方を探知するレーダーではない。
バックミラーも運転には必要だが、それを見るだけでの運転は危険。
道が狭くなる、路面が悪くなるとスピードを落とすのは当たり前。VaRを過度に信頼して、それ以外の情報に注意しなくなるのは危険。
現場での、勝率の重要性
- 例えば自分の計算では、100分の1の確率で200万円になり、100分の99の確率で無価値になるオプションがあったとします。自分の計算では、このオプションの期待値は2万円なのですが、市場では、多くの人が「200万円になる確率は200分の1しかない」と考えていて1万円で売買されていたとしましょう。
- もし自分の計算が正しければ、理論的にはこのオプションを1万円で買うことは正しいです。期待値の半額で買えますし、損をしても1万円です。
- ところがもし私が金融機関のトレーダーならば、この取引はすべきではありません。まず、大数の法則が働くほど、同様の取引が出来るとは限りません。100分の99の確率でこのオプションは無価値になりますので、数回の取引では購入したオプションの全てが無価値になる、つまり損を繰り返す確率は高いです。200万円になる確率が、皆が思っている倍であったとしても、それが実現する前に、繰り返し損をした無能者としてクビになります。
- これがブラックスワンの著者タレプのように自分のファンドなら、100回150回と買い続けることで200万を得る確率は高いですが、雇われトレーダーではそこまで待って貰えません。
- 雇われトレーダーにとっては、待ってもらえる間に利益を得るために、それなりに高い勝率が必要となります。
数値によるリスク制限ではなく人としてのリスクマネージャの存在意義
- Scapegoatとして。問題が起こったときに責任を押し付ける役目として。
- 業績評価としてはプットのショートみたいなもの。何かの問題が生じたときに一気に大きなマイナスになる(プットが欲しい人にとっては、売り手が居ないと困る)
- リスクマネージャにとってのリスク管理は、常にアップデートされた履歴書を持ち歩くこと(笑)
- As a Firefighterとして。問題が発生する前からリスク要因を見つめているので、対策する人としても適任。
ロスカットと仮説検定の類似性
- ロスカットルール
- 損失がある程度大きくなったら、その取引を行う基となった考え方が間違っていると判断して、取引を終了し(最初に買ったのなら売る、ショートしたなら買い戻す)、損失を確定することでそれ以上の損の拡大を防ぐ。
- 仮説検定
- ある仮説が正しいならば発生する確率が低く(例えば5%未満)、その仮説が正しくないならば発生する確率が高いことは実際に発生したならば、もとの仮説が間違っていたと判断する(棄却する)。(もとの仮説は正しいけど確率5%未満のことが発生したと考えるのではなく)
- 背理法(これ以降、私の補足)
- ある仮説が正しいならば決して発生しないことが実際に発生したならば、もとの仮説が間違っている、と考えます。
「AならばB」+「Bでない」=「Aでない」 - 仮説検定と背理法の違い
- 仮説検定には「もとの仮説は正しいのに、本当に運悪く確率5%未満のことが発生してしまい、正しい仮説を間違えて棄却する危険」が5%存在します。背理法にはその危険はありませんが、「ある仮説が正しいならば決して発生しないこと」という関係が存在する場合しか使えません。
- 仮説検定と背理法の注意点
- 「(仮説検定で)仮説を棄却しなかった」「(背理法で)仮説を否定しなかった」ことは「仮説の正しさを証明した」のではなく、「棄却(否定)するに足る充分な証拠がなかった」に過ぎません。
「これまでに発見されたSwanは全て白かった」は「Swanは白い」の証拠になりません。(Swanの定義に「色は白い」が含まれてない場合)
- 個人的な驚き
- ロスカットルールが有効であるのは、リスク資産の過去と将来の値動きに正の相関があり、損失が生じたポジションの今後の期待リターンが負であることが示された場合だけ、と思っていました。
「損失が生じたポジションの今後の期待リターンが負であること」を示すのではなく「損失が生じたポジションの今後の期待リターンが正である」ことを示せない限り、
・そのポジションが他の資産、他の場面と比較して大きなリターンをもたらすとは期待できず、
・そのポジションを立てた理由も否定されていて、
持ち続ける理由はない、と考えられます。
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